あの頃の私は、「信仰があるなら、病気にならないはずだ」とどこかで思っていました。
でも現実には、健康を害することもあるし、心も体もバランスを崩すことがある。そんな時期に旧約聖書を読み直し、神の深い愛とご配慮に出会いました。
🌿 食事は、神との関係のしるし
「わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう」──創世記1章29節
神がくださる食べ物は、命を保つ恵みであり、神との交わりのしるしでもあるのです。
「わたしはあなたがたの神、主であるから、あなたがたはおのれを聖別し、聖なる者とならなければならない。わたしは聖なる者である。」──レビ記11章44節
食物規定の背景には、「聖なる民として生きる」呼びかけがありました。
🙏 病のときにも、主はそばに
「どうか、わたしをいやし、わたしを生かしてください。見よ、わたしが大いなる苦しみにあったのは、わが幸福のためであった。あなたはわが命を引きとめて、滅びの穴をまぬかれさせられた。これは、あなたがわが罪をことごとく、あなたの後に捨てられたからである。」──イザヤ書38章16~17節
この言葉は、ユダの王ヒゼキヤが病気になって、その病気が直った後、書きしるしたものです。
ヒゼキヤの祈りは、私自身の心の支えになりました。
回復の道は祈りとともにある。神は私の訴えを聞いておられるのです。
💧 パンと水にさえ、神の祝福は宿る
「あなたがたの神、主に仕えなければならない。そうすれば、わたしはあなたがたのパンと水を祝し、あなたがたのうちから病を除き去るであろう。」──出エジプト記23章25節
食べること、働くこと、休むこと、それらのすべてが主との関係の中にあることに気づかされました。
✨ 結び
「あなたが、もしあなたの神、主の声に良く聞き従い、その目に正しいと見られることを行い、その戒めに耳を傾け、すべての定めを守るならば、わたしは、かつてエジプトびとに下した病を一つもあなたに下さないであろう。わたしは主であって、あなたをいやすものである」──出エジプト記15章26節
癒されることそのものより、「主がともにおられる」ことこそが私の力です。
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