統一原理講座

み言と「統一思想」から見た「原力」と「万有原力」の関係

1.み言と「統一思想」から見た「原力」と「万有原力」の関係(1)「原力」と「万有原力」の関係について「統一思想」では、「原力」と「万有原力」の関係を次のように説明しています。 宇宙万物はいったん創造されたのちにも、絶えず神から一定の力を受け...
共産主義批判

聖書から見た共産主義の起源―第6回 神への愛か、神への怨みか

1 共産主義の起源を探る旅の終わりに本シリーズでは、「共産主義はどこから生まれたのか」という問いを出発点として考察を進めてきました。一般には、共産主義は経済格差や社会的不平等から生まれた思想として説明されることが少なくありません。しかし本シ...
共産主義批判

聖書から見た共産主義の起源―第5回 神を失った文明は何を求めるのか

1 人は信仰を失っても幸福を求める本シリーズでは、一人の人間が神への期待を失い、その失望が不信となり、やがて神そのものを否定するようになる過程を見てきました。そして、その過程は、一人の人間だけではなく、文明全体にも起こり得ることを考察してき...
共産主義批判

聖書から見た共産主義の起源―第4回 なぜキリスト教社会は共産主義の温床となったのか

1 共産主義はどこから生まれたのか共産主義について語られるとき、その起源は、しばしばカール・マルクスの思想や産業革命以後の経済格差に求められます。確かに、マルクスは共産主義理論を体系化した人物であり、労働者の貧困や社会的不平等も共産主義が広...
共産主義批判

聖書から見た共産主義の起源―第3回 一神教はなぜ無神論を生み出すのか

1 神を最も信じた文明から神を最も否定する思想が生まれた前回は、神への否定は無関心から生まれるのではなく、しばしば神への期待が裏切られたと感じるところから始まることを考察しました。そして、神への失望が不信に変わり、その不信がやがて神への反発...
共産主義批判

聖書から見た共産主義の起源―第2回 神に対する愛がなぜ怨みに変わるのか

1 神を否定する人は最初から神を憎んでいたのか前回は、共産主義の起源を理解するためには、人がどのようにして神への信仰を失っていくのかについて考える必要があることを考察しました。そして、一人の人間の内面に起こることは、組織社会としての文明全体...
共産主義批判

聖書から見た共産主義の起源―第1回 神への信頼喪失から始まる不信と共産主義

1 はじめに共産主義の起源について語られるとき、多くの場合、その原因は産業革命や資本主義の発展、貧富の格差、労働問題などに求められます。確かにそれらは共産主義発生の重要な背景となりました。しかし、それだけでは説明できない問題があります。それ...
悪の誘惑とその克服

聖書に学ぶ悪の誘惑とその克服Ⅵ―【補講】ペテロはなぜ沈んだのか

1 水の上を歩くという奇跡マタイによる福音書14章には、イエスが湖の上を歩かれた有名な場面が記されています。そのとき弟子たちは恐れ、「幽霊だ」と叫びました。しかしイエスは、「しっかりするのだ、わたしである。恐れることはない」(マタイ14章2...
悪の誘惑とその克服

聖書に学ぶ悪の誘惑とその克服Ⅵ―第5回 主体性の完成

1 「自分を信じること」の最終定義本シリーズでは、悪の誘惑の構造とその克服について段階的に考察してきました。誘惑は外的な力ではなく内的応答の問題であり、その本質は主体性の喪失にあることを確認してきました。そして最終段階において提示されたのが...
悪の誘惑とその克服

聖書に学ぶ悪の誘惑とその克服Ⅵ―第4回 誘惑の最終形態

これまで本シリーズでは、誘惑が単なる外的な悪の働きではなく、人間の主体性を揺るがす働きであることを見てきました。欲望は判断を曇らせ、恐れは行動を制限し、環境や習慣は無意識のうちに人間を支配します。そして、そのような誘惑に打ち勝つためには、神...
悪の誘惑とその克服

聖書に学ぶ悪の誘惑とその克服Ⅵ―第3回 神に信頼される人間

これまで本シリーズでは、誘惑の克服が主体性の回復にあること、そしてその最終段階として「神に基づいた自己を信じる」ことの重要性を確認してきました。ここでさらに踏み込んで、「神が人を信じるとはどういうことか」という問題について考えてみたいと思い...