聖書と心身の健康

聖書と心身の健康

聖書から見た自己中心バイアス―第1回 認知の出発点としての「自己中心性」

私たちは日々、多くの情報を受け取り、判断し、行動しています。しかし、その判断は必ずしも客観的ではありません。心理学では、人間の思考が「自分を中心」に歪む傾向を「自己中心バイアス(egocentric bias)」と呼びます。たとえば、自分の...
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聖書とゼロリスク信仰―第5回 神と共なる世界にこそ真の平安はある

私たちはみな平安を求めていますが、争いや不安、病気や災害のない世界――それが平安だと思いがちです。しかし、もし本当の平安が「リスクのない状態」にあるのだとしたら、この地上に平安を得られる人は一人もいないでしょう。なぜなら、私たちが生きるこの...
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聖書とゼロリスク信仰―第4回 リスクを恐れずに歩む信仰

「失敗したくない」「傷つきたくない」「間違えたくない」。こうした思いは、誰の心にもあります。しかし、その恐れが強すぎると、人は一歩を踏み出すことができなくなります。現代社会では、「慎重であること」「安全第一であること」が美徳とされるあまり、...
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聖書とゼロリスク信仰―第3回 人事を尽くして天命を待つ

「努力して、あとは神に任せる。」 この言葉は、多くの人が耳にしたことのある人生訓です。日本語では「人事を尽くして天命を待つ」と言いますが、これは単なる諦めの言葉ではありません。むしろ、人間の努力と信仰の関係をきわめて深く表した言葉です。現代...
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聖書とゼロリスク信仰―第2回 恐れの支配・ゼロリスク信仰の心理構造

「安全のために」という言葉ほど、人々を納得させる力をもつ言葉はありません。誰もが安全を望み、危険を避けたいと願う――それ自体は自然なことです。しかし、問題はその「安全」への欲求が、恐れに支配された信仰のかたちとなってしまうときにあります。恐...
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聖書とゼロリスク信仰―第1回 ゼロリスク幻想とは何か

“完全な安全”を求める時代の病私たちは今、あらゆる場面で「安全」を求める社会に生きています。食品には添加物がないことを望み、環境には一切の有害物質を排除しようとし、交通事故や災害、感染症までも「ゼロ」を掲げて対策を求めます。こうした傾向は一...
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創世記と人体の相似性―第8回 松果体と視床下部・天の光と地の祭壇

Ⅰ.天と地をつなぐ脳の聖所人間の脳の中心には、二つの象徴的な器官が存在します。ひとつは松果体(しょうかたい)、もうひとつは視床下部です。松果体は脳の奥の天頂部に位置し、光の情報を受け取る感受体として働きます。一方、視床下部は脳の底部にあり、...
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創世記と人体の相似性―第7回 神経の光とホルモンの風

Ⅰ.神経系とホルモン系――二重の生命ネットワーク人間の身体には、二重の情報ネットワークが存在します。一つは神経系で、光のように速い電気信号によって命令を伝える回路です。もう一つはホルモン系で、血液という水の流れに乗って化学信号を送り、全身の...
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創世記と人体の相似性―第6回 二重の生命構造・神と人間、心と体をつなぐ回路

Ⅰ.神経とホルモン――二つの命の流れ人間の身体には、二つの生命回路が組み込まれています。ひとつは脳から脊髄へと走る神経系であり、もうひとつは血液に乗って全身をめぐるホルモン系です。神経系は光のように速く、電気信号によって命令を伝える「言葉の...
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聖書とホルモンの働き―第8回 御霊とホルモン

本シリーズでは、人間の精神と肉体に深い影響を与えるホルモンの働きを、聖書の言葉と結びつけて考えてきました。愛の絆をもたらすオキシトシンやバソプレシン、血を通して命を支えるホルモン、心を癒すセロトニンやドーパミン、恐れを引き起こすアドレナリン...