1. 聖書の中に輪廻思想はあるのか?
前回見たように、世界の多くの文化に輪廻思想は存在します。では、聖書の中に輪廻転生の考えは含まれているのでしょうか?
結論から言えば、正典の聖書に輪廻を肯定する表現は存在しません。
むしろ「一度だけ死ぬことと、死んだ後さばきを受けること」(ヘブル人への手紙9章27節)が明確に語られています。
それにもかかわらず、歴史の中で「聖書から輪廻の教えが削除された」と言われることがあります。
その背景には、初期キリスト教の思想的多様性と、後に異端とされた解釈の存在がありました。
2. オリゲネスと「魂の前世存在」説
3世紀の神学者オリゲネス(Origen, 185–254)は、アレクサンドリアを拠点に活動した偉大な聖書解釈者でした。
彼はプラトン哲学の影響を受け、「魂の前世存在(pre-existence of the soul)」を唱えました。
●魂は神に創造されるときから存在し、肉体に宿る前に生きていた。
●魂は神から離反する度合いに応じて、地上の生に置かれる。
●最終的にはすべての魂が神に回帰する。
この思想は「輪廻」ではありません。魂が何度も肉体に入るのではなく、「魂は肉体に宿る以前から存在していた」という考え方です。
しかし、一見すると「前世」を思わせるため、後に「キリスト教にも輪廻思想があった」と誤解される原因となりました。
最終的にこの考えは、西暦553年の第2コンスタンティノポリス公会議で異端とされます。
ここから「輪廻は教会によって削除された」という言説が生まれたのです。
3. グノーシス文書に見られる「輪廻的要素」
1945年、エジプトのナグ・ハマディで発見された「グノーシス文書群」には、輪廻的な表現が見られます。
『ピリポ福音書』
「人は種から生まれるように、霊からも再び生まれなければならない」と記し、繰り返しの誕生を暗示するような言葉があります。
『魂の解釈について』
魂がさまよい、様々な状態に移り変わる様子が描かれています。これは魂の「転生」を思わせる表現です。
『ピスタス・ソフィア』(同時代のグノーシス文書)
魂が複数の生を通じて浄化される描写があり、輪廻思想にきわめて近いものがあります。
ただし、これらは正典の聖書に含まれたことは一度もありません。教会が後から削除したのではなく、そもそも「正典」には採用されなかったのです。
4. 「削除説」の誤解
「もともと聖書に輪廻が書かれていたが、後に削除された」という説は、歴史的な根拠に乏しいと言えます。
実際には、
■オリゲネスの思想の一部が異端とされ排除された
■グノーシス文書が正典に含まれず外典とされた
この二つの事実が混同されて「削除された」という言説に変わったのです。
5. まとめ
●正典の聖書に輪廻転生は登場しない。
●初期キリスト教には「魂の前世存在」や「輪廻的要素」を含む解釈があった。
●それらは正典に採用されず、後に異端とされた。
●よって「聖書から輪廻が削除された」という説は誤解に基づいている。
次回は「科学は輪廻を証明できるのか?」という視点から、現代の研究や事例を整理してみます。

