聖書と心身の健康

聖書から見た波動医学―第1回 音と響きがもたらす霊的作用

「波動医学」とは、音・光・電磁波などの振動エネルギーが人体に与える影響を探求する分野であり、現代でも音楽療法や超音波治療など一部は医療に応用されています。本シリーズでは、こうした「波動」と身体・霊の関係を、聖書の証言から読み解いていきます。...
自己中心バイアス

聖書から見た自己中心バイアス―第4回 メタ認知と「他者中心性」

私たちの心は、気づかぬうちに「自分中心」に偏ります。しかし、それに気づいた瞬間こそ、変化の始まりです。心理学では、自分の思考や感情の動きを客観的に眺める力を「メタ認知」と呼びます。そして聖書は、これを「へりくだり」や「悔い改め」として語りま...
自己中心バイアス

聖書から見た自己中心バイアス―第3回 哲学的視点から見た自己中心バイアス

「我思う、ゆえに我あり。」デカルトのこの言葉は、近代哲学の出発点とされています。もちろん、デカルト自身は神の存在を否定したわけではなく、その哲学体系の中で神の証明を試みました。しかし、彼が「思考する自我」を認識の出発点に据えたことで、後の近...
自己中心バイアス

聖書から見た自己中心バイアス―第2回 すべての認知バイアスは自己中心から生まれる

私たちが日々接しているニュース、職場での人間関係、家族との会話――そのすべての中に、さまざまな「バイアス(偏り)」が潜んでいます。正常性バイアス、確証バイアス、集団バイアス、権威バイアス……。心理学では数えきれないほどの偏向が知られています...
自己中心バイアス

聖書から見た自己中心バイアス―第1回 認知の出発点としての「自己中心性」

私たちは日々、多くの情報を受け取り、判断し、行動しています。しかし、その判断は必ずしも客観的ではありません。心理学では、人間の思考が「自分を中心」に歪む傾向を「自己中心バイアス(egocentric bias)」と呼びます。たとえば、自分の...
ゼロリスク信仰への警鐘

聖書とゼロリスク信仰―第5回 神と共なる世界にこそ真の平安はある

私たちはみな平安を求めていますが、争いや不安、病気や災害のない世界――それが平安だと思いがちです。しかし、もし本当の平安が「リスクのない状態」にあるのだとしたら、この地上に平安を得られる人は一人もいないでしょう。なぜなら、私たちが生きるこの...
ゼロリスク信仰への警鐘

聖書とゼロリスク信仰―第4回 リスクを恐れずに歩む信仰

「失敗したくない」「傷つきたくない」「間違えたくない」。こうした思いは、誰の心にもあります。しかし、その恐れが強すぎると、人は一歩を踏み出すことができなくなります。現代社会では、「慎重であること」「安全第一であること」が美徳とされるあまり、...
ゼロリスク信仰への警鐘

聖書とゼロリスク信仰―第3回 人事を尽くして天命を待つ

「努力して、あとは神に任せる。」 この言葉は、多くの人が耳にしたことのある人生訓です。日本語では「人事を尽くして天命を待つ」と言いますが、これは単なる諦めの言葉ではありません。むしろ、人間の努力と信仰の関係をきわめて深く表した言葉です。現代...
ゼロリスク信仰への警鐘

聖書とゼロリスク信仰―第2回 恐れの支配・ゼロリスク信仰の心理構造

「安全のために」という言葉ほど、人々を納得させる力をもつ言葉はありません。誰もが安全を望み、危険を避けたいと願う――それ自体は自然なことです。しかし、問題はその「安全」への欲求が、恐れに支配された信仰のかたちとなってしまうときにあります。恐...
ゼロリスク信仰への警鐘

聖書とゼロリスク信仰―第1回 ゼロリスク幻想とは何か

“完全な安全”を求める時代の病私たちは今、あらゆる場面で「安全」を求める社会に生きています。食品には添加物がないことを望み、環境には一切の有害物質を排除しようとし、交通事故や災害、感染症までも「ゼロ」を掲げて対策を求めます。こうした傾向は一...