聖書と心身の健康

聖書から見た自己中心バイアス―第4回 メタ認知と「他者中心性」

私たちの心は、気づかぬうちに「自分中心」に偏ります。しかし、それに気づいた瞬間こそ、変化の始まりです。心理学では、自分の思考や感情の動きを客観的に眺める力を「メタ認知」と呼びます。そして聖書は、これを「へりくだり」や「悔い改め」として語りま...
聖書と心身の健康

聖書から見た自己中心バイアス―第3回 哲学的視点から見た自己中心バイアス

「我思う、ゆえに我あり。」デカルトのこの言葉は、近代哲学の出発点とされています。しかし、ここにすでに「自己中心バイアス」の哲学的構造が埋め込まれています。人間の存在を「我(自己)」から出発して考える――それは、神を中心とした中世的世界観から...
聖書と心身の健康

聖書から見た自己中心バイアス―第2回 すべての認知バイアスは自己中心から生まれる

私たちが日々接しているニュース、職場での人間関係、家族との会話――そのすべての中に、さまざまな「バイアス(偏り)」が潜んでいます。正常性バイアス、確証バイアス、集団バイアス、権威バイアス……。心理学では数えきれないほどの偏向が知られています...
聖書と心身の健康

聖書から見た自己中心バイアス―第1回 認知の出発点としての「自己中心性」

私たちは日々、多くの情報を受け取り、判断し、行動しています。しかし、その判断は必ずしも客観的ではありません。心理学では、人間の思考が「自分を中心」に歪む傾向を「自己中心バイアス(egocentric bias)」と呼びます。たとえば、自分の...
聖書と心身の健康

聖書とゼロリスク信仰―第5回 神と共なる世界にこそ真の平安はある

私たちはみな平安を求めていますが、争いや不安、病気や災害のない世界――それが平安だと思いがちです。しかし、もし本当の平安が「リスクのない状態」にあるのだとしたら、この地上に平安を得られる人は一人もいないでしょう。なぜなら、私たちが生きるこの...
聖書と心身の健康

聖書とゼロリスク信仰―第4回 リスクを恐れずに歩む信仰

「失敗したくない」「傷つきたくない」「間違えたくない」。こうした思いは、誰の心にもあります。しかし、その恐れが強すぎると、人は一歩を踏み出すことができなくなります。現代社会では、「慎重であること」「安全第一であること」が美徳とされるあまり、...
聖書と心身の健康

聖書とゼロリスク信仰―第3回 人事を尽くして天命を待つ

「努力して、あとは神に任せる。」 この言葉は、多くの人が耳にしたことのある人生訓です。日本語では「人事を尽くして天命を待つ」と言いますが、これは単なる諦めの言葉ではありません。むしろ、人間の努力と信仰の関係をきわめて深く表した言葉です。現代...
聖書と心身の健康

聖書とゼロリスク信仰―第2回 恐れの支配・ゼロリスク信仰の心理構造

「安全のために」という言葉ほど、人々を納得させる力をもつ言葉はありません。誰もが安全を望み、危険を避けたいと願う――それ自体は自然なことです。しかし、問題はその「安全」への欲求が、恐れに支配された信仰のかたちとなってしまうときにあります。恐...
聖書と心身の健康

聖書とゼロリスク信仰―第1回 ゼロリスク幻想とは何か

“完全な安全”を求める時代の病私たちは今、あらゆる場面で「安全」を求める社会に生きています。食品には添加物がないことを望み、環境には一切の有害物質を排除しようとし、交通事故や災害、感染症までも「ゼロ」を掲げて対策を求めます。こうした傾向は一...
輪廻転生批判

聖書から見た輪廻転生―第10回 結論―輪廻転生ではなく復活の希望

1. 輪廻思想が与えてきた慰め人類の歴史において、輪廻思想は長いあいだ多くの人々を支えてきました。死はすべての終わりではなく、新しい生の始まりであるという考えは、人々に安心を与え、死の恐怖を和らげました。自然界の循環に重ねて人間の生死を理解...