量子論

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聖書と量子力学―結 統合的世界観への道:科学と信仰は矛盾しない

1.分断ではなく対話へ―科学と信仰は敵対関係ではない聖書は、神が世界の深奥に“探究されるべきもの”を置いたことを語り、「事を隠すのは神の誉であり、事を窮めるのは王の誉である」(箴言25章2節)と記しています。この聖句は、自然の奥に隠された秩...
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聖書と量子力学―第10回 量子情報と霊的記憶

1.「情報」とは何か―物質を超える概念として現代物理学は、物質を単なる粒子やエネルギーの集合としてではなく、「情報を保持する存在」として扱う傾向を強めています。情報とは、表面には見えない“構造”や“秩序”を指す概念であり、物理世界に深く根ざ...
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聖書と量子力学―第9回 ゼロポイントエネルギーと遍在性

1.神はどこにおられるのかという問い「神はどこにおられるのか」という問いは、古代から繰り返し問われてきました。聖書は一貫して「神はどこにでもおられる」と語りますが、この表現は単なる比喩ではなく、神の本質に深く関わる主張です。詩篇139篇7節...
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聖書と量子力学―第8回 祈りの力と量子的相関

1.「離れていても届く祈り」という経験祈りとは、単に言葉を口にする行為ではありません。祈りは、誰かのために心を向け、願いを神に託す行為であり、しばしば距離を超えて働くものとして理解されています。ある人が遠く離れた家族のために祈り、後から状況...
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聖書と量子力学―第7回 復活体は「量子的存在」なのか

1.復活体の不可解な性質をどう理解するか新約聖書の中で、イエスの復活は中心的な出来事として描かれています。復活したイエスは、弟子たちの前に突然現れたり、密閉された部屋に入って来たり、あるいは一瞬にして姿を消したりする場面が記述されています。...
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聖書と量子力学―第6回 神はサイコロを振るのか:アインシュタインと信仰の葛藤

1.アインシュタインはなぜ量子力学を受け入れられなかったのか20世紀の物理学を切り開いた人物として、アルバート・アインシュタインは象徴的な科学者です。相対性理論によって時間と空間の常識を覆し、宇宙の姿そのものを新しく描き出したアインシュタイ...
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聖書と量子力学―第5回 自由意志か決定論か:量子的確率と聖書の人間観

1.すべてが決まっている世界か、それとも選択できる世界か人間には自由意志があるのか、それとも私たちの行動や選択はあらかじめ決まっているのか。これは科学や哲学、宗教の領域を越えて、古くから人類が問い続けてきた問題です。古典物理学の世界観は、厳...
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聖書と量子力学―第4回 観測問題と「信仰による現実」

1.量子力学における「観測問題」とは何か量子力学が提起する最大の哲学的課題の一つが「観測問題」です。これは、粒子が観測される前には複数の状態が同時に存在しており、観測された瞬間にその状態がひとつに定まる、という現象をめぐる問題です。私たちが...
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聖書と量子力学―第3回 言葉が現実を創る:波動関数と神の言葉(ロゴス)

1.量子的な「可能性の重なり」とは何か量子力学が明らかにした最大の特徴の一つは、「現実は最初から一つの姿に決まっているわけではない」という点です。私たちが日常で見ている世界は、物が一つの形に定まり、その形が変わるときも連続的に移り変わってい...
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聖書と量子力学―第2回 創世記の「光あれ」と光の二重性

1.光とは何か―量子論が示す二つの顔私たちは、日常生活の中で光を当然のように受け入れています。朝になれば太陽が照り、夜には灯りが部屋を明るくします。しかし、この身近な光を深く探っていくと、意外なほど複雑で奥深い性質が表れてきます。量子力学が...