創世記と量子論の統合宇宙論―第2回 創世記1章の逐語分析:混沌・光・分離とは何か?

この記事は約4分で読めます。

1.はじめに─創世記1章は秩序化の過程を描いている

創世記の1章は、世界がどのように始まったかを表面的に描いた記述ではなく、神が宇宙にどのような秩序を与えたかを、象徴的かつ神学的に示しています。

そのため、創世記の1章を理解するとき、そこに描かれた秩序化の過程こそが重要であり、その逐語分析は、現代物理学が語る宇宙の構造と深く重なっていきます。

今回は、とくに1章1〜4節に焦点を当て、混沌、光、分離という三つのテーマを取り上げます。

 

2.「はじめに神は天と地とを創造された」

創世記の1章1節は、「はじめに神は天と地とを創造された」と語ります。

ここで使われるヘブライ語の「天(シャーマイム)」と「地(エレツ)」は、単なる空と地面ではなく、霊的領域と物質的領域を示す包括的な概念です。

これは、後に展開されるすべての創造行為の大枠をなすものであり、宇宙における二つの次元、すなわち目に見えない領域と目に見える領域が、ここで初めて明確に区別されたことを意味します。

申命記に「天と、もろもろの天の天、および地と、地にあるものとはみな、あなたの神、主のものである」(申命記10・14)とあるように、聖書における「天」とは、単なる空や物理的な天空だけではなく、目に見えない高次の存在領域をも含む広い概念として用いられています。

創世記の1章1節は、神がまず世界全体の基本的な枠組みを定めたことを宣言する箇所であり、宇宙の二層構造の基礎がここで置かれています。

 

3.「地は形なく、むなしく」

次の1章2節は、「地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた」と語ります。

この「形なく、むなしく」と訳される「トーフー・ボーフー」は、秩序が付与されていない状態、未分化の可能性の場という意味を持ちます。

これは、混乱や破壊された状態ではなく、いまだ確定していない潜在的世界です。

現代物理学が示す量子の状態は、確率として広がっているが、まだ粒として確定していないという特徴を持ちます。この構造はヘブライ語の「トーフー・ボーフー」のイメージと驚くほど近いものです。

つまり創世記の1章2節の世界は、まだ形や区別を持たず、確定した物質状態にも移行していない、量子的未確定領域として理解できます。

「神の霊が水のおもてをおおっていた」という描写は、この未確定な世界の上に、すでに神の意志と働きが及んでいたことを示しており、世界が秩序を与えられる直前の、静かな緊張に満ちた瞬間を表しています。

 

4.「光あれ」

次の1章3節で神は「光あれ」と言われ、光が生じます。この光は、太陽の光ではなく、宇宙の秩序そのものの生成を象徴するものです。

現代物理学では、光速度が時間・空間・因果律の基準となり、情報が伝達される限界でもあります。

光は宇宙の構造を規定する絶対的基準であり、創世記の“光”はまさにそれに相当します。

「神はその光を見て、良しとされた」(創1:4)という言葉は、光によって宇宙が秩序を持ち、目的にかなうものとして成立したことを示しています。

この光の創造は、未確定の状態にあった世界に対して、秩序と時間と方向性を与える行為でした。

言い換えれば、「光あれ」とは宇宙の法則と基準の設定であり、世界がどのような秩序のもとで存在するかが定まったことを象徴しています。

 

5.「分ける」という行為

創世記の1章4節の後半には「神はその光とやみとを分けられた」とあります。

この「分ける」(バダル)は、単なる区分ではなく、異なる本質を持つ領域を分離し、それぞれに固有の働きを与える行為です。

ここで初めて、光の影響を受ける領域とそうでない領域が分けられ、宇宙は二層構造を持ちはじめます。

その後、天と地、上の水と下の水、昼と夜といった分離が繰り返されますが、これらはすべて、世界が秩序ある形へと構造化されていく過程を示しています。

量子論において、波の状態だったものが観測によって一つの確定した状態へと定まっていくように、創世記1章に記録された「分ける」という行為と、神がそれを「見て、良しとされた」という記述は、未分化な可能性の状態が、神の認識と承認によって、秩序ある世界として確定されていくプロセスを示していると言えます。

 

6.結─混沌・光・分離は三層宇宙論の基礎である

創世記の1章の最初の数節に描かれた「混沌(未確定)」「光(秩序の基準)」「分離(構造化)」という三つの要素は、本シリーズで扱う“霊界・量子層・地上界”という世界の三層構造を理解するための核心です。

未確定の混沌が光によって秩序化され、その秩序が分離を通して構造を持つ。

この三段階は量子の世界が示す構造とも深く呼応しており、創世記の創造物語は、単なる古代の伝承ではなく、宇宙の本質に迫る象徴的叙述であることが分かります。

次回の第3回では、この光がどのように宇宙の境界となり、霊界と地上界を分ける基準線として働くのかを掘り下げていきます。

タイトルとURLをコピーしました