1．聖書の出発点―「悪は本来なかった」という世界観
聖書の世界観を理解するうえで最も重要な前提は、創造の時点において、悪は存在しなかったという点です。
創世記は、神が天地万物を創造されたあと、「神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった」（創世記1章31節）と記しています。
この記述は、単なる創世物語の描写ではなく、聖書全体の思想を方向づける根本宣言といえます。
すなわち、神が創造した世界は本来善であり、悪は根源的な要素ではなく、創造の目的に含まれていなかったという理解です。
この前提を踏まえるなら、聖書は「善の創造」から世界を出発させ、悪は本質的・構造的に世界に組み込まれたものではないことが明確になります。
この点は、多神教において、善と悪が初めから共存すると考える構造とは、決定的に異なっています。
多神教では、悪は宇宙の原理の一部として永続的に存在するため、善と悪のバランス調整が中心的課題になります。
しかし聖書では、悪は本質ではないため、根絶が可能であり、最終的に善のみが残るという希望が語られています。
2．悪の発生は人間の堕落から始まる
では、聖書は悪の起源をどこに求めているのでしょうか。聖書は、悪が創造の初期状態から存在していたとは語りません。
悪は神によって創造されたものではなく、被造物の自由意思が正しい目的から逸脱した結果として生じたと説明します。この逸脱が、一般に「堕落」と呼ばれる出来事です。
創世記の3章に描かれる人間の堕落は、象徴的な物語として理解される場合もありますが、聖書が伝えようとする核心は明確です。
人間は本来、神との正しい関係において生きるように創造されていました。
しかし、人間が自由意思を誤って用いたことにより、神との関係が断絶し、その結果として悪が世界に入り込んだとされています。
ひとりの人によって、罪がこの世にはいり、また罪によって死がはいってきたように、こうして、すべての人が罪を犯したので、死が全人類にはいり込んだのである。（ローマ人への手紙5章12節）
この聖句が示すように、悪は本質的な存在ではなく、神から離れたことによって生じた異常な状態として理解されます。
すなわち、悪とは本質的な存在ではなく、目的から逸脱している状態と捉えられます。
この理解に立つならば、悪は宇宙の構造そのものに組み込まれた必然ではなく、後発的に生じたものに過ぎません。
したがって、悪は永遠に存在し続ける必要がなく、将来的に取り除かれる余地があることになります。
この点が、善と悪が初めから共存するとする多神教の世界観と根本的に異なるのです。
3．悪は根絶可能であるという聖書の主張
聖書の世界観において極めて重要なのは、悪が本質ではなく出来事である以上、それは根絶可能であるという結論に至ることです。
もし悪が宇宙の根源的構造の一部であるなら、いかなる努力によっても悪は消滅し得ません。
しかし、聖書は、悪を本来の創造目的からの逸脱として位置づけているため、創造者である神がその逸脱を正し、世界を本来の姿に回復させることが可能であると主張します。
この理解は、単なる楽観的な希望ではなく、聖書全体を貫く一貫したテーマになっています。
旧約聖書では、預言者たちが、堕落によって失われた神との関係の復帰と救いを語り、新約聖書においては、イエス・キリストが、その失われた関係を復帰するための存在として語られています。
悪が本質ではなく異常であるからこそ、救いの可能性が生まれ、歴史は回復へと向かう方向性を持つことができます。
このような終末における希望は、聖書の歴史観が完成へと向かう歴史観であることと深く結びついています。
聖書の歴史観では、創造から始まり、堕落を経て、復帰と完成へと至る明確な流れが存在します。
したがって、悪は永続するものではなく、最終的に取り除かれ、神の創造目的が完全に実現するという確信が生まれるのです。
4．目的論的世界観という決定的特徴
以上の理解を総合すると、聖書の世界観は目的論的であり、歴史が意味と方向性を持って進むという特徴を持ちます。
多神教は、善と悪が永遠に共存し続ける構造のため、歴史は循環し、最終的な完成を持ちません。
しかし聖書では、悪が後発的に生じた異常であるため、その除去が可能であり、世界は本来の創造目的に回復されるという終末的方向性が明確に示されています。
この目的論的世界観は、信仰者に希望と行動の動機を与えます。
悪が永遠に残る世界観では、どれほど努力しても根本的な変革は不可能であり、最終的には調和やバランスに落ち着くしかありません。
しかし、聖書の世界観においては、悪が根絶され善が完成するという確信があるため、現実の問題に立ち向かい、改善しようとする積極的な姿勢を生み出すことが可能なのです。
