創世記と量子論の統合宇宙論Ⅱ―補:想定される物理学の側からの反論に対する応答

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はじめに

本シリーズは、重力という未解決問題を、物理学・宇宙論・存在論・神学の接点から考察してきました。

しかし、この試みは、専門的な理論物理の枠組みから見れば、当然ながら多くの疑問や反論を呼び起こします。

本稿では、想定される反論に対する率直な応答を記してみたいと思います。

この目的は、物理学と論争することではなく、本シリーズがどこまでを物理学の問題として扱い、どこからを別の次元の問いとして扱っているかを明確にすることにあります。

 

反論1「数式がない以上、これは物理学ではない」

この指摘は正当です。本シリーズは、物理学の理論を構築することを目的としていません。数式による定式化や、実験予測を提示するものでもありません。

本シリーズが扱っているのは、物理学が直面している問題の構造そのものです。

理論が前提としている枠組みや問いの立て方が、どこまで有効で、どこから限界を持つのか、その境界を言語化する作業は、物理学そのものではありませんが、物理学を外側から理解するための作業として意味を持つと考えています。

 

反論2「重力が説明できないのは、単に理論が未完成だからだ」

確かに、物理学の歴史は、かつて説明不能と思われた現象が理論の進展によって解明されてきた歴史でもあります。本シリーズは、その可能性を否定するものではありません。

ただし、ここで指摘しているのは、技術的未完成ではなく、説明の前提となるレベル設定そのものです。

重力を他の力と同列の対象として扱い続ける限り、なぜそれが時空構造と不可分なのかという問いは、常に前提として残り続けます。本シリーズは、その前提の位置を問い直しています。

 

反論3「高次元理論はいずれ実験で検証されるかもしれない」

その可能性は否定できません。しかし、現時点では、超ひも理論やM理論が想定する次元構造を直接検証する手段は存在していません。

本シリーズの主張は、「検証されていないから間違っている」というものではありません。

問題は、高次元仮説が、重力の本質を説明しているのか、それとも重力の振る舞いを別の形で再記述しているにすぎないのかという点にあります。

次元を増やすことで計算が可能になっても、「なぜ重力だけがそのような扱いを受けるのか」という問い自体は残り続けます。

 

反論4「次元と層を分けるのは恣意的ではないか」

次元と層の区別は、数学的定義ではなく、存在論的整理です。これは新しい仮説を導入するための装置ではなく、既存の理論が暗黙に前提としている違いを言語化したものです。

物質内部の相互作用と、時空そのものを成立させる条件が、同じレベルで扱われていないという事実は、多くの理論がすでに示しています。

本シリーズは、その差異を「層」という言葉で整理しているにすぎません。

 

 

反論5「『存在論』は科学の領域外ではないか」

その通りです。本シリーズは、意図的に科学の外縁に踏み込んでいます。

ただし、それは科学を否定するためではありません。むしろ、科学が成立するために必要な前提条件が、科学自身の手法では扱えないことを確認するためです。

科学が自らの前提を語れないことは、科学の欠陥ではありません。それは科学が非常に強力な方法論であるがゆえの特徴です。

 

反論6「重力を説明不能とするのは思考停止ではないか」

本シリーズは、重力を説明不能と断じて思考を止めるものではありません。むしろ、「どの問いが、どの方法で説明可能なのか」を区別しようとしています。

説明できないという結論は、探究をやめる理由ではなく、探究の方法を誤らないための指標です。問いのレベルを誤れば、努力は続いても、到達点を失います。

 

反論7「『愛』や『霊的層』は物理学と無関係ではないか」

この反論も正当です。本シリーズで用いている「愛」や「霊的層」という言葉は、物理学の概念ではありません。これらは、物理学を補完するための概念でもありません。

本シリーズが試みているのは、物理学が扱うことのできない次元において、重力と構造的に対応する原理がどのように語られてきたかを示すことです。これは比喩的・構造的対応であり、物理的還元を意図していません。

 

反論8「それなら物理学者に向けて書く必要はないのではないか」

本シリーズは、物理学者を説得するために書かれていません。しかし同時に、物理学を軽視する立場から書かれてもいません。

むしろ、物理学が直面している困難を、外部から真剣に理解しようとした記録です。

物理学の当事者に向けてではなく、物理学という営みそのものに向けて書かれていると言った方が近いかもしれません。

 

反論9「これは哲学や神学の問題であって物理学の問題ではない」

その通りです。本シリーズが最終的に到達している問いは、物理学だけで完結する問いではありません。

だからこそ、本シリーズは物理学の限界を示すと同時に、その外側に広がる問いの領域を指し示しています。

物理学が扱えない問いが存在することは、物理学の敗北ではなく、物理学が非常に明確な輪郭を持った学問であることの証拠です。

 

反論10「では結局、あなたの理論は何なのか」

本シリーズは、新しい物理理論を提示していません。統一理論の代替案を出しているわけでもありません。

ここで提示されているのは、理論そのものではなく、理論が立脚している前提の再配置です。

重力を「最後に説明される力」としてではなく、「説明を可能にしている条件」として捉え直すこと。その視点の転換こそが、本シリーズの核心です。

 

結び

本シリーズは、答えを与えることよりも、問いの位置を正しく定めることを目指してきました。

重力がなぜこれほど特異なのかという問いは、物理学の内部だけでは完結しない問いです。

それは、物理学が自らの前提とどのように向き合うかという、より深い問題と結びついています。

このシリーズが示したのは、重力という未解決問題が、単なる技術的困難ではなく、科学と存在論の境界を照らし出す問題であるという見方です。

もし本シリーズが、重力をめぐる議論において、問いの立て方そのものを見直す一助となるならば、それで十分に役割を果たしたと言えるでしょう。

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