聖書に学ぶ悪の誘惑とその克服Ⅳ―第3回 悪の戦略①思考を奪う方法

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1 習慣の背後にあるもの

前回は、思考停止が繰り返されることによって惰性の習慣が形成され、人間の思考と行動が無意識のうちに支配されることを見てきました。

ここで重要なのは、この習慣が自然発生的に形成されるのではないという点です。そこには、人間から思考を奪う方向へと誘導しようとする働きが存在しているのです。

すなわち、惰性の習慣の背後には、それを生み出す構造があるということです。

今回はその構造を明らかにし、悪がどのようにして人間の思考を奪っていくのかを考察します。

 

2 出発点は偽り

思考を奪う働きの出発点は偽りにあり、「彼は初めから、人殺しであって、真理に立つ者ではない。彼のうちには真理がないからである。彼が偽りを言うとき、いつも自分の本音をはいているのである。彼は偽り者であり、偽りの父であるからだ」(ヨハネ福音書8章44節)というみ言は、この点を明確に示しています。

ここで示されているのは、悪の本質が強制的な力ではなく偽りにあるということです。真理を覆い隠し、人間に誤った認識を与えることによって、その思考を歪めていきます。

この偽りは単純な嘘として現れるとは限りません。むしろ多くの場合、それは事実の一部を強調し、別の部分を無視するという形で現れます。

その結果、人は全体を誤って理解し、誤った判断へと誘導されていきます。創世記3章における蛇の誘惑も、この特徴をよく示しています。

蛇は、「それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となる」(創世記3章5節)と語りました。

実際に、人間は善悪を知るようになりましたが、その結果として生じる神との断絶や死、恐怖については語っていませんでした。

つまり蛇は、完全な虚偽を語ったのではなく、一部の事実だけを強調し、その全体的結果を隠すことによって、人間を誤った判断へと誘導したのです。

 

3 誇張と恐怖の結合

この偽りが効果を持つためには、恐怖と結びつく必要があります。恐怖は人間の判断力を弱めるため、誇張された情報を受け入れやすくなるのです。

たとえば、小さな問題が大きな危機であるかのように語られるとき、人はそれを冷静に検証する前に反応してしまいます。

このようにして、誇張と恐怖が組み合わさることで、思考は短絡的になり、深く考える余地が失われていきます。

この段階で人は、考えた結果として判断するのではなく、感じた不安に従って反応する状態へと移行します。

聖書は、「悪しき者は追う人もないのに逃げる」(箴言28章1節)と語っています。これは、恐怖によって現実以上の危険を感じ、冷静な判断を失った状態を象徴的に示していると言えます。

 

4 忙しさと情報過多

思考を奪うもう一つの重要な要素が、忙しさと情報の過多です。十分な時間と余裕があるときは、物事を深く考えることができます。

しかし常に忙しく、次々と情報が流れ込んでくる環境の中では、そのような余裕が失われます。

結果として、与えられた情報をそのまま受け入れるようになり、それを吟味することを行わなくなるのです。

この状態は一見すると活動的でありながら、実際には思考が働いていない状態です。

このようにして、思考は直接的に奪われるのではなく、考える余裕を失わせることによって弱められていきます。

イエスはマルタに対して、「あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている。しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである」(ルカ福音書10章41〜42節)と語られました。

忙しさによって本質を見る余裕を失うことの危険性が、ここにも示されています。

 

5 疑問を持たせない環境

さらに重要なのは、疑問を持たせない環境です。人は疑問を持つことによって初めて考え始めます。

しかし、その疑問が最初から生じない環境に置かれるとき、思考は始まることさえありません。

この環境は、必ずしも強制的なものとして現れるわけではありません。むしろ、「これが普通」「こうするのが当然」といった形で提示されることが多く、その中で疑問を持つ必要を感じなくなります。

このような状態では、自らの判断を放棄しているにもかかわらず、それを自覚することができません。

聖書は、「すべてのものを識別して、良いものを守り、 あらゆる種類の悪から遠ざかりなさい」(テサロニケ人への第一の手紙5章21節)と語っています。

真理は、与えられたものを無批判に受け入れることによってではなく、自ら吟味する中で見いだされるのです。

 

6 考える時間を奪う仕組み

以上の要素を総合すると、思考を奪うための仕組みが見えてきます。

それは、偽りによって認識を歪め、恐怖によって判断力を弱め、忙しさと情報によって余裕を奪い、疑問を持たせない環境によって思考そのものを起こさせないというものです。

この仕組みの特徴は、強制がほとんど見えない点にあります。自分で選んでいるように感じながら、実際には考える機会そのものを失っているのです。

ここにおいて支配は完成に近づきます。なぜなら、自ら考えない限り、その人は与えられた枠組みの中でしか生きることができなくなるからです。

 

7 聞いても悟れない状態

この状態はイエスが語られたたとえの中にも示されています。

マタイ福音書13章13節に「見ても見ず、聞いても聞かず、また悟らない」とあるように、外面的には情報を受け取っていても、内面的には理解が伴っていない状態です。

これは単なる理解力の問題ではありません。むしろ、思考が働いていない状態を指しています。聞いても考えず、考えないために悟ることができないのです。

この状態が続くと、真理に触れてもそれを受け取ることができず、結果として、同じ状態にとどまり続けることになります。

 

8 まとめ

以上のことから明らかなように、悪の戦略は強制ではありません。それは人間に「考えなくてもよい状態」をつくり出すことによって、支配を成立させます。

恐怖、偽り、忙しさ、環境といった要素が組み合わさることで、人は自ら思考することをやめ、その結果として外からの影響に従うようになります。

次回は、この仕組みが特に強く働く領域として、「教育」という観点から、人間の思考がどのように形成され、また制限されていくのかを考察していきます。

 

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