1.聖書は「人間の体は自ら癒えるように造られた」と語る
人間の健康を考えるとき、現代医学は、しばしば外からの介入(人間による医療行為)に目を向けます。
しかし聖書は、はるか以前から、人間の体そのものに「回復しようとする力」が組み込まれているという前提を示しています。
出エジプト記には、「わたしは主であって、あなたをいやすものである」(出エジプト記15章26節)とあり、癒しの源が外部の技術ではなく、神が造られた生命の内側にあることを明確に示します。
詩篇103篇3節にも「主はあなたのすべての不義をゆるし、あなたのすべての病をいやし」と書かれており、癒しは、創造主が人間に最初から備えた祝福であるという理解が貫かれています。
この聖句に見られる世界観には、人間の体が単なる物質の塊ではなく、神によって精妙に設計された自己回復システムを内包しているという認識があります。
傷口が自然に塞がっていくこと、発熱して体内の細菌やウイルスと戦うこと、感染に対して免疫が形成されていくこと。
こうしたメカニズムは、単なる偶然ではなく、聖書的には、「いやす者」である神が人間の体に与えた能力だと理解できます。
創世記にも「主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった」(創世記2章7節)とあり、人間が神の息(いのちのエネルギー)を受けて生きる存在であることが示されています。
人間の生命力、治癒力、回復力は、神の息を受けた者としての基本的な性質なのです。
2.創造の完成は「健康な秩序」の完成でもある
「神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった」(創世記1章31節)という創造物への評価は、単に自然環境が美しいという意味ではありません。
そこには、動植物、土壌、水、光、そして人間の体が“健やかに循環するよう設計されている”という意味が含まれています。
創造の秩序は調和的であり、その調和が崩れない限り、人間の体は本来の健康を保つように造られています。
この“創造の秩序”という視点は、自然免疫の概念ときわめて相性が良いものです。
自然免疫とは、生まれつき備わっている防御システムであり、創造主が人間に与えた最初の「守り」と言えます。
したがって、聖書的に言えば、人間の健康が損なわれるとき、その原因は、多くの場合、創造秩序からの逸脱、すなわち不摂生な生活、過度のストレス、暴飲暴食、清潔の欠如、睡眠不足といった“秩序の乱れ”にあります。
聖書は自然の流れを大切にします。創世記2章15節には「主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた」とあります。
この言葉には、人間が自然と調和し、その循環に身を委ねることが健康の根本であるという思想が含まれています。
私たちの免疫もまた、自然との調和の中で最大限に働くよう設計されているのです。
3.自然免疫は「神が内側に備えた最初の守り」
病原体にさらされたとき、体はただ受け身でいるわけではありません。
体温を上げてウイルスの活動を抑えたり、白血球を集めて病原体を排除したり、炎症を起こして異物を処理したりする。
これらの働きは、いずれも外部の指示によるものではなく、生体に組み込まれた自律的な反応です。
この自律性が“創造主からの贈り物”として理解されているのが聖書的健康観です。
詩篇139篇13節には、「あなたはわが内臓をつくり、わが母の胎内でわたしを組み立てられました」とあります。
つまり人間は、細胞レベルで緻密に設計され、その設計の中に「守る」「癒やす」という力が織り込まれているのです。
自然免疫が“主役”であり、外部からの介入は“補助”であるという考え方は、創造論的視点から見ても非常に整合的です。
人間の体が最初から備えている働きを尊重し、それが十分に力を発揮するように生活を整えることこそ、聖書が示す「健康の道」と言えます。
4.現代医学は「自然免疫の価値」を再発見しつつある
近年、医学界では自然免疫の研究が進み、食生活、睡眠、腸内環境、運動、光、精神状態といった要素が免疫力を大きく左右することが明らかになってきました。
これは、聖書が示す生活原則と極めてよく一致しています。たとえば、詩篇23篇2節に描かれる「緑の牧場」、「いこいのみぎわ(憩いの水)」というイメージは、自然の中で心を静めることの重要性を示しています。
さらに、「恐れてはならない、わたしはあなたと共にいる」(イザヤ41章10節)という言葉は、ストレス・不安が体を弱めることを考えると、免疫学的にも深い意味を持ちます。
喜び、感謝、祈り、赦しといった心の状態が免疫を高めるという研究もあり、聖書の健康観が現代科学によって再確認されているとも言えます。
5.まとめ:自然免疫は神の創造の証である
聖書は一貫して、人間の体が本来持つ治癒力を尊重する姿勢を示しています。
自然免疫は偶然ではなく、創造主が「いのちの息」を吹き込んだときから人間に備えられた贈り物です。
聖書の健康観を丁寧に読み解くと、自然免疫が“主役”であるという考え方が浮かび上がります。
このシリーズでは、旧約律法の生活規範、詩篇・箴言の教え、イエスの癒しの働き、パウロの体に対する理解などを通して、自然免疫と聖書的健康観をさらに掘り下げていきたいと思います。

