聖書と宗教

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神の本質とエネルギー―第4回 聖書に学ぶ神との出会いと霊的経験の見分け方

1 「神を見ることはできない」と「神と出会う」前回は、東方正教会の「本質とエネルギーの区別」について見てきました。神の本質(ousia/ウーシア)そのものは人間が把握できるものではありませんが、神のエネルゲイア(energeia)、すなわち...
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神の本質とエネルギー―第3回 「本質とエネルギーの区別」とは何か

1 人間は神を経験することができるのか前回は、トマス・アクィナスの「神の単純性」について見てきました。神は複数の部分から構成された存在ではなく、本質、存在、知恵、意志、愛、力なども、神の中で別々の部分として存在しているわけではないという考え...
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神の本質とエネルギー―第2回 「神の単純性」とは何か

前回は、「神の単純性(Divine Simplicity)」と、東方正教会における「本質とエネルギーの区別」について語られたみ言を紹介しました。第2回以降では、そのみ言を個別のテーマに分けて解説し、深掘りしていくことにします。1 「神が単純...
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神の本質とエネルギー―第1回 神の単純性および「本質とエネルギーの区別」

2026年8月16日、文亨進二代王様は、第16次台湾ツアーの参加者に対して、7時間にわたるみ言をくださいました。下記の文章は、このみ言から「神の本質とエネルギーの区別」に関する内容を抜粋し、整理したものです。 「神の単純性(Divine S...
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ポジティブリスト・ネガティブリストから見た聖書のみ言―第5回 総合比較

(1)全体の視点―命令構造はどのように変化したのか 本シリーズでは、創世記、十戒、イエスの教え、そしてパウロの神学を通して、聖書における神の命令構造を「ポジティブリスト」と「ネガティブリスト」という観点から分析してきました。 ここで最終的に...
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ポジティブリスト・ネガティブリストから見た聖書のみ言―第4回 パウロ書簡

(1)パウロ神学の位置づけ これまで見てきたように、創世記において命令の原型が示され、十戒においてネガティブリストを中心とした秩序が確立されました。 そして、イエスの教えにおいては、その内面化とポジティブリストへの転換が行われました。 では...
聖書と宗教

ポジティブリスト・ネガティブリストから見た聖書のみ言―第3回 イエスの教え

(1)イエスの教えの位置づけ これまで見てきたように、創世記においてはポジティブリストとネガティブリストの原型が示され、十戒においてはネガティブリストを中心とした秩序の体系が確立されました。 この流れの中で、イエスの教えはどのような位置づけ...
聖書と宗教

ポジティブリスト・ネガティブリストから見た聖書のみ言―第2回 モーセの十戒

(1)十戒の位置づけ―創世記からの展開 前回見たように、創世記にはすでに「ポジティブリスト」と「ネガティブリスト」という二つの命令の原型が示されていました。すなわち、「生めよ、ふえよ」という積極的命令と、「食べてはならない」という禁止命令で...
聖書と宗教

ポジティブリスト・ネガティブリストから見た聖書のみ言―第1回 創世記における祝福と戒め

(1)本シリーズにおける用語の定義―ポジティブリストとネガティブリスト 本シリーズでは、「ポジティブリスト」と「ネガティブリスト」という二つの用語を用いて、聖書における神の命令構造を分析していきます。 一般に「ポジティブリスト」とは、「何を...
欧米型キリスト教

聖書から見た先祖崇拝─第9回 なぜ「救われた親」から「罪ある子」が生まれるのか

本シリーズでは、「先祖を敬う」という東洋の文化的営みが、聖書本来の世界観とむしろ深く共鳴することを確認してきました。そこから浮かび上がったのは、欧米型キリスト教が見落としてきた「家系・歴史・継承」という聖書的視点です。本稿では、その視点をさ...