創世記が語る性染色体―第2回 発生生物学が明かす「女性デフォルト」の原理

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1.「ヒトは基本的に女性」とはどういう意味か

 「ヒトは基本的に女性である」と聞いて、違和感を覚える方は少なくないでしょう。男性も女性も等しく存在しているのに、なぜ「基本は女性」と言えるのか。

 この命題は、男女の優劣を語るものでも、どちらかが不完全であることを示すものでもありません。これは発生生物学が明らかにした、胎児の性分化のプロセスに関する科学的な記述です。

 現代の発生生物学の説明によれば、「ヒトは性染色体がXXで女性、XYで男性となるが、……すなわちヒトは基本的に女性であり、Yは男性化をする染色体と言える」とまとめることができます。

 これは単純に見えて非常に深い意味を含んでいます。本項ではこの命題の科学的根拠を丁寧に確認していきます。

 

2.染色体異常症候群が教えてくれること

 ヒトの通常の染色体数は46本であり、そのうち性染色体は2本です。女性はXX、男性はXYという組み合わせを持ちます。

 では、この組み合わせが通常とは異なる場合、身体的な性はどのように決まるのでしょうか。この問いに答えてくれるのが、染色体異常症候群の研究です。

 まず、クラインフェルター症候群を見てみましょう。この症候群の患者は性染色体がXXYであり、染色体の総数は47本です。Xが2本あるにもかかわらず、さらにYが1本存在します。

 このクラインフェルター症候群の患者は、身体的には男性の特徴を示します。つまり、Xが2本あるという事実よりも、Yが1本あるという事実の方が、性の決定において決定的な意味を持つのです。

 次に、ターナー症候群を見てみましょう。この症候群の患者は性染色体がXのみ1本であり、染色体の総数は45本です。通常の女性(XX)と比べてXが1本少なく、またYも持っていません。

 このターナー症候群の患者は、身体的には女性の特徴を示します。Xが1本しかなくても、Yがなければ女性として発生するのです。

 ターナー症候群の方は低身長や卵巣機能不全など、通常の女性とは異なる特徴も持ちますが、性分化の方向性としては明確に女性型です。

 この2つの症候群が示す事実を合わせると、一つの明確な結論が導かれます。性の決定において鍵を握るのは「Xが何本あるか」ではなく、「Yがあるかどうか」であるということです。

 Yがあれば男性に分化し、Yがなければ女性に分化します。これが「ヒトは基本的に女性」という命題の核心です。

 

3.SRY遺伝子という「男性化スイッチ」

 ではY染色体のどの部分が、男性化において決定的な役割を果たすのでしょうか。この問いに答えたのが、SRY(エス・アール・ワイ)遺伝子の発見です。

 染色体がXXであるにもかかわらず男性である人が、ごくまれに存在します。詳しく調べると、このような人ではY染色体の一部がX染色体に転座(移動)していることが判明しました。

 特にY染色体上の「SRY領域」がXに移ったために、XX染色体を持ちながらも男性として発生したのです。

 さらに決定的な証拠が、動物実験によってもたらされました。マウスにSRY領域を人工的に導入してトランスジェニックマウスを作成したところ、染色体はXXであるにもかかわらず、そのマウスはオスとなりました。

 この実験は、SRY領域が男性化を引き起こす遺伝子を含んでいることを、疑いの余地なく示しています。

 SRY遺伝子から発現するタンパク質はDNA結合タンパク質であり、男性化を引き起こすための多くの遺伝子の発現を連鎖的に調節します。

 すなわちSRY遺伝子は、男性化という複雑なプロセス全体を起動する「マスタースイッチ」とも言うべき存在なのです。

 このスイッチが入らない限り、胎児はXXであれXOであれ、女性の身体構造へと分化していきます。

 

4.X染色体とY染色体の非対称性

 SRY遺伝子の役割が明らかになると同時に、X染色体とY染色体の間に存在する根本的な非対称性も浮き彫りになってきます。

 X染色体はY染色体に比べて非常に大きく、生命活動に不可欠な遺伝子を数多く含んでいます。免疫機能、神経機能、細胞の基本的な代謝に関わる遺伝子など、個体の生命維持に直結する情報がX染色体には詰まっています。

 女性はYを持ちませんが、個体の維持には何の問題もありません。それはX染色体が生命活動の基盤を十分に担っているからです。

 一方、Y染色体はX染色体と比べてはるかに小さく、個体の生命活動に必須な遺伝子はほとんど含まれていません。

 Y染色体の主な役割は、SRY遺伝子を介して男性化のプロセスを起動することにあります。つまりX染色体が「生命の基盤を担う染色体」であるのに対し、Y染色体は「男性化の指令を担う染色体」という、機能的に明確に異なる役割分担があるのです。

 X染色体(対象)が生命の基盤を、Y染色体(主体)が男性化という方向性を担うという構図は、主体と対象という二性性相の対応関係として読むことができます。

 

5.「ヒトは基本的に女性」―その正確な意味と近年の研究

 以上の科学的事実を整理すると、「ヒトは基本的に女性」という命題の正確な意味が見えてきます。

 これは「女性の方が優れている」「男性は付属的な存在である」ということを意味するものではまったくありません。

 発生の出発点において、胎児はSRY遺伝子による積極的な介入がなければ女性の身体構造へと向かうという、分化経路の構造を述べたものです。

 近年の研究はこの理解をさらに深めています。FOXL2(エフ・オー・エックス・エル・ツー)遺伝子の研究により、卵巣の女性型構造を維持するためには、この遺伝子が生涯にわたって発現し続けることが不可欠であることが明らかになっています。(成体でこの遺伝子を除去すると、精巣様の組織へと転換することが動物実験で確認されています)

 これは、女性型の維持が継続的な能動的プロセスに支えられていることを示すものです。

 一方、男性型では、SRY遺伝子でスイッチを入れた上に、FOXL2遺伝子を継続的に抑制し続けるという、さらに重層的な能動的プロセスが必要です。

 つまり近年の研究は、「女性型はデフォルト」という命題を否定するどころか、より深い次元でそれを確認するものとなっています。

 ここで重要なのは、女性型への分化が「受動的なデフォルト」であるのに対し、男性型への分化は「能動的なスイッチング」によって起こるという点です。

 このような性染色体の構造から見たとき、神はアダムの中に宿っていた「生命の基盤(X染色体)」を取り出し、それを完全に展開した存在としてエバを造られたと解釈することもできるのではないでしょうか。この解釈については、次回さらに詳しく論じます。

 

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