聖書に見る菜食の霊的意義:第2回 荒廃した地と神の譲歩

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 創世記9章で神が肉食を許された背景には、大洪水によって荒廃した地と、生存の困難さがあったと考えられます。植物の再生には時間がかかり、食物の確保が切実な問題となった時、神はノアに対して肉食を「青草をあなたがたに与えたように」許されました。

 これは、創造の秩序を喜んで変更されたのではなく、荒廃した世界に生きる人間への憐れみと譲歩の現れでした。肉食には血を避けるという倫理的制限が課され、命の重さを忘れないよう神は配慮されました。

 この記事では、菜食の原則が放棄されたのではなく、一時的に肉食が許容されたにすぎないという観点から、神の御心の一貫性を見つめ直します。

 

序文―肉食は臨時的な措置だったのではないか

 聖書の記述を辿るとき、人間の食生活における変遷は、単なる生活習慣の変化にとどまらず、神と人との関係の変化を映し出す鏡のような役割を果たしていることに気づかされます。

 特に、創世記9章における肉食の許可は、神の御心をめぐる深い問いを私たちに投げかけてきます。

 神はなぜ、創造時には菜食のみを命じておられたにもかかわらず、洪水後に肉食を許されたのでしょうか。

 その背景には、荒廃した大地と人間の弱さに対する神の憐れみが見え隠れしています。

 

創造の理想と堕落の現実

 創世記1章29節において、神は人間に与える食物として「種のある草と実を結ぶ木の実」を明示されました。これは、他の命を奪うことなく生きる、平和と調和に満ちた世界の象徴でした。

 しかし、創世記3章で人間が罪を犯して以降、世界は大きく変わります。いばらとあざみが地に生え、苦しみと死が人間の歴史に入り込んでいきます。

 さらに地は暴虐に満ち、その結果として大洪水による全地的な審判がもたらされました(創世記6章11節)。

 

大洪水と大地の荒廃

 ノアの時代に起きた洪水は、人間の罪に対する神の厳粛な裁きであると同時に、地上の秩序を一度リセットする行為でもありました。

 洪水によって地は一掃され、植物を含む生態系にも深刻な影響が及んだことは想像に難くありません。

 洪水が引いた後、地には再び草が生え、木が実を結ぶまでの時間的猶予が必要となります。

 すぐに十分な植物性の食物が手に入るとは限らず、ノアとその家族が直面したのは、命を維持するための緊急的な現実であったと考えられます。

 

神の譲歩としての肉食の容認

 そのような文脈の中で、神はノアに対して次のように語られます。

「すべて生きて動くものはあなたがたの食物となるであろう。さきに青草をあなたがたに与えたように、わたしはこれらのものを皆あなたがたに与える。」(創世記9章3節)

 ここで注目すべきなのは、「青草をあなたがたに与えたように」という表現です。

 これは、以前から与えられていた植物性の食物と並列に、新たに動物性の食物を追加的に許容されたことを意味しています。

 この言葉は、神が肉食を喜んで命じられたのではなく、やむを得ぬ状況下において人間に譲歩された可能性を示唆しています。

 植物の供給が不安定な状況で命をつなぐために、神は一定の条件のもとで肉食を容認されたのではないでしょうか。

 

命を奪うことの重みと規範の設定

 神はただ肉食を許可されただけではありません。同時に、人間に対して「血を避けよ」と命じられました(創世記9章4節)。

 血は命そのものであり、命を奪うことの重大さを忘れてはならないという、倫理的警告が伴っています。

 この規定は、後のレビ記でも繰り返され、命の神聖さに対する神の一貫した姿勢が見て取れます。

 神は人間に自由を与えながらも、命を軽んじることがないように戒めておられるのです。

 

回復への希望と現代への問いかけ

 創世記の文脈から、肉食は決して神の本来的な望みではなく、堕落と荒廃の結果として容認された「臨時的措置」であったという理解は、現代の私たちにも重要な問いを投げかけます。

 私たちが日々口にするものが、命を奪うことで成り立っているという現実に、どれだけ敏感になっているでしょうか。

 そして、命を奪わずに生きる生き方が可能であるならば、それを選ぶことは、神の創造の秩序と調和に近づく一歩となるのではないでしょうか。

 

結びに―憐れみと譲歩の中に見る神の御心

 創世記9章の肉食の容認は、単なる食生活の自由化ではありません。

 それは、荒廃した世界に生きる人間に対する神の憐れみの現れであり、命を守るための譲歩として与えられたものでした。

 神は、人間の弱さを知りつつも、そこに希望の道を備えてくださいました。

 肉食が許されたことそのものではなく、その背後にある神の御心と、人間への深い愛と忍耐を私たちは見つめ直すべきでしょう。

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