前回は、父性の喪失が家庭から「責任を担う主体」と「善悪の境界線」を失わせ、その影響が社会全体の秩序にも及ぶことを考察しました。
そのような社会では、人々の人格にも少しずつ変化が現れます。その代表的なものの一つが忍耐力の低下です。
近年は、「すぐに結果が出ること」が当たり前のように求められる時代になりました。知りたいことは瞬時に検索でき、買いたい物は翌日には届きます。
効率化や利便性そのものは決して悪いことではありませんが、その一方で、「待つこと」や「時間をかけて成長すること」の価値が見えにくくなっているのではないでしょうか。
聖書は、人の人格は時間をかけて練り上げられるものであり、その過程には忍耐が不可欠であることを教えています。今回は、その忍耐と父性との関係について考えてみたいと思います。
1 欲求の即時充足が当たり前になった社会
現代社会は、かつてないほど便利になりました。欲しい情報はすぐに手に入り、欲しい物は短時間で届きます。少しでも待たされると不便だと感じるほど、「すぐに手に入ること」が日常になっています。
もちろん、技術の進歩は私たちの生活を豊かにしてきました。しかし、その利便性が人格形成にも影響を及ぼしているとすればどうでしょうか。
人は、欲求がすぐに満たされることに慣れてしまうと、思いどおりにならない現実に直面したとき、強い不満や焦りを抱きやすくなります。
本来なら時間をかけて身につけるべき知識や技術、人間関係までも、短期間で成果を求めるようになり、思うようにいかないと簡単に諦めてしまうこともあります。
忍耐力とは、生まれつき備わっている能力ではありません。待つ経験を積み重ねることによって育まれていく人格の力なのです。
2 苦難を避けようとする社会
現代社会では、苦難そのものに積極的な意味を見いだすことが難しくなっているのではないでしょうか。
もちろん、無意味な苦しみを求める必要はありませんが、苦難そのものを人生から排除しようとすると、人間は成長の機会まで失ってしまいます。
聖書は、苦難を単なる不幸としてだけ見ていません。そこには人格を鍛え、信仰を深める働きがあることを繰り返し語っています。
それだけではなく、患難をも喜んでいる。なぜなら、患難は忍耐を生み出し、忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出すことを、知っているからである。(ロマ書5章3~4節)
ここで語られているのは、「苦難そのものに価値がある」ということではありません。苦難を通して忍耐が育ち、その忍耐が人格を練り上げ、やがて希望へとつながっていくという、人間の成長過程について語られているのです。
神は苦難そのものを喜ばれる方ではありません。人が苦難を通して成熟していくことを望まれる方なのです。
3 父性が教える「待つ力」
父性愛の重要な働きの一つは「待つ力」を育てることです。
父性愛は、すべての願いをすぐにかなえる愛ではありません。子どもが自ら努力し、考え、責任を負いながら成長できるよう、時には結果を急がず、時間をかけることを教えます。
これは前回取り上げた「見守ること」と深く関係しています。見守るとは何もしないことではありません。必要な時には助け、必要な時には戒めながら、それでも最後は本人が成長することを信じて待つ姿勢です。
父性愛は、「今すぐ楽になること」よりも、「将来成熟した人格になること」を大切にします。
そのためには、時には遠回りに見える道を歩ませることもあります。しかし、その時間こそが人格を形づくる大切な過程なのです。
このような忍耐は、父なる神ご自身の愛の中にも見ることができます。
聖書には、「主は約束の実行をおそくしておられるのではない。ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである」(ペテロ第二3章9節)と記されています。
神は人間を力によって従わせるのではなく、自ら気づき、悔い改め、正しい道を選ぶまで長く待っておられます。
このように父性愛が教える忍耐とは、ただ我慢することではありません。相手の成長の可能性を信じ、すぐに結論を出さず、必要な時間を与える愛なのです。
4 神は人を待たせることによって育てられる
聖書には、神が人を長い時間をかけて育てられた例が数多く記されています。
イスラエルの民は、約束の地へ向かう途中で40年間荒野を歩みました。
ヨセフは夢を与えられてから、その実現まで13年もの歳月を要しました。
ダビデも王として油を注がれた後、すぐに王座に就いたのではなく、長い逃亡生活を経験しています。
これらに共通しているのは、神が約束を忘れておられたのではないということです。神は、その期間を通して彼らの人格を整え、使命を担う器へと育てておられたのです。
もし神が約束をすぐに実現しておられたなら、彼らは使命に耐え得る人格を十分に備えることができなかったかもしれません。神は結果だけではなく、その過程にも深い意味を与えておられるのです。
5 忍耐力を失った社会が抱える課題
父性が弱まり、「待つこと」の価値が失われると、人は結果だけを求めるようになります。努力より成功、過程より成果、責任より権利を優先する価値観が広がると、少しの挫折にも耐えられなくなります。
そのような社会では、人間関係も仕事も長続きしにくくなります。思いどおりにならない相手を受け入れる忍耐、自分の責任を最後まで果たす忍耐、目標に向かって努力を続ける忍耐が育ちにくくなるからです。
父性愛は、このような忍耐を教える愛でもあります。目先の満足ではなく、将来の成熟を見据え、時間をかけて人格を育てることこそ、父性の大切な役割なのです。
6 まとめ
現代社会では、欲求をすぐに満たすことが当たり前になり、「待つこと」の価値が見えにくくなっています。しかし、聖書は、人格は苦難や試練を通して育てられるものであり、その中心には忍耐があることを教えています。
父性愛とは、単に責任を教える愛だけではなく、人の成長を信じ、時には待ち、試練を乗り越える力を育てる愛でもあります。
では、忍耐力が弱まると、人は自分の感情や欲求をどのように扱うようになるのでしょうか。次回は、父性の喪失が衝動のコントロールにどのような影響を及ぼすのかについて考察していきます。

